末代先祖乃墓


現代は、晩婚になり、また男女ともに未婚の人間が増えている。先祖代々の家や血を絶やすことの絶望はずいぶん深いことだと思う。
しかし、この苦しみは一体どこからくるのだろうか?そこで、まずマンボウ問題というものを考えた。次の通りである。

1.マンボウ問題
マンボウは1億匹ほどの子供を生み、1匹しか生き残らないほど過酷だと言われている。しかし、生き残らなかった残りの9999万9999匹の人生、マンボウ生は全くの無駄だったのであろうか?

そうこうしているうちに、1つの発見はこの死んだマンボウ達は生き残ったマンボウに比べて劣る、と考えている思考法に問題があるのではないかと考えるに至った。ことに、人間においては、家庭を持たず、子も持たず、親を悲しませることをなんら正当化することはできないと思ってしまうほど、末代(最後の1人)であることの罪は重いと考えてしまっている。同様に、そうないがしろにしているからこそ、それらの最後の1人となった人たちは供養されていない。
一方、最後の1人となり、墓守もいない人たちがもしいなかったとしたら、今日の社会はありえるのだろうか?それはノーである。子供のいなかった偉人もいるし、また偉人でなかったとしてもその一生を全うしたのであるから、そういう人たちの上に今日の我々がいるという点を疑うことはできない。

そこで、この供養されていない、最後の1人を供養するための位牌を作るに至ったわけである。



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